アルファ博士の気ままにトーク♪ 第14話 『盛田昭夫会長室ライブラリー(富山市立図書館本館)』 ~盛田会長室の蔵書が富山市に!~

公開日時:2024/04/24

富山のご紹介第一弾は富山市立図書館!

富山では3月1日から「ほたるいか」、4月1日からは「白エビ」が解禁になって、春の訪れを感じている今日この頃です。

おいしい食べ物の話は後にとっておいて、今日は富山紹介の第一弾、富山市立図書館と、そこで保管されている「盛田昭夫会長室ライブラリー」についてご紹介したいと思います。

富山市立図書館本館 ~富山市中心の一等地に立地~

富山市立図書館の本館は、富山市の中心、銀座四丁目交差点にもたとえられる、富山市の一等地にあります。


もともとここは、老舗の百貨店「大和(だいわ)」があった場所で、2007年に百貨店が移転したあとに再開発され、2015年に複合施設「TOYAMAキラリ」が誕生。そのTOYAMAキラリに、富山市立図書館本館と、富山市ガラス美術館が入居しました。

TOYAMAキラリ ~富山のキラリ~

TOYAMAキラリは、富山駅前から路面電車で約10分、徒歩でも30分ほどの「西町交差点」の角にあります。富山駅から路面電車に乗ると、右側に立山連峰をイメージしたデザインのTOYAMAキラリの建物が見えてきます。

 

西町交差点は、富山駅から中心地を周回する路線と、富山駅から南富山駅まで伸びる路線の両方が通る場所で、ちょうどいいタイミングで、TOYAMAキラリとの前を通過する路面電車を撮ることができました。ガタンゴトンという音がお届けできないのが残念です。

 

ちなみに、こちらは低床タイプの新型車両です。昔からの路面電車ももちろん走っています。

西町交差点 通りを走る市電と、交差点の角に建つTOYAMAキラリ

その通りからTOYAMAキラリの建物に入ると、天井が高い吹き抜けのホールになっていて、圧巻の空間が目の前に広がります。

 その吹き抜けは、富山県産の杉のムク材で作られており、木目や節目をうまく生かした模様が視界に気持ちよく入ってきます。

杉のムク材で内装された吹き抜け

富山市ガラス美術館 ~ガラスの街とやま~

TOYAMAキラリの2階から6階のフロアの南側に「富山市ガラス美術館」が、吹き抜けを挟んで3階から6階の北側に「富山市立図書館本館」が入居しています。


南側の富山市ガラス美術館では、富山そして世界で製作されている、ガラス製のアートが展示されています。

 

富山は明治、大正期に、薬用のガラスのビンの生産が盛んでした。その伝統を引き継いで、富山市では現在も、おしゃれなガラス器や、ガラス製のアートが作られています。

 

こちらもご紹介したいのですが、今回の目的地は図書館! 先を急ぎましょう。

盛田昭夫会長室ライブラリー

吹き抜けを挟んで、3階から6階の北側が富山市立図書館の本館です。床や内装、書架の棚にも木材が使われていて、ほっこりした雰囲気です。平日は夜7時まで、金曜と土曜は夜8時まで開館している上に、専門の雑誌もたくさんあるので、私もしばしば利用しています。

 

この図書館には、いくつかの特色のある「文庫」があります。
地元富山県出身の小説家・ジャーナリスト翁氏の「翁久允(おきな きゅういん)文庫」、国文学者山田氏の「山田孝雄文庫」、小説家岩倉氏の「岩倉政治(まさじ)文庫」、そして、今日のお話のメイン「盛田昭夫会長室ライブラリー」です。

 

このライブラリーは、元々盛田昭夫さんがソニーの会長の時代に会長室にあった蔵書 509冊を、盛田さんのご長女の盛田(岡田)直子さんが、ご両親が亡くなった後、東京の自宅を整理した時に、2016年富山市立図書館に寄贈したものです。

 

盛田昭夫さんは、富山県出身ではなく、富山とも直接の関連はなかったようですが、この富山市立図書館本館が2015年に新装開館することを知った直子さんが、何かの形で役立てて欲しいと、図書館に申し出られたとのことでした。


この図書館を訪れると、ここに寄贈したい、と思われた理由がわかるような気がします。それは、この図書館の落ち着いた雰囲気と、富山の質実な気風を思ってのことかもしれません。

 

 盛田昭夫さんのご活躍はご存知だと思いますが、盛田昭夫さんがソニーの会長に就任した昭和51年(1976)から、会長職を退いた平成5年(1993)に世に残した功績は、

 

昭和54年(1979)ウォークマン発売

昭和57年(1982)CDプレーヤー1号機発売

昭和62年(1987)『MADE IN JAPAN : わが体験的国際戦略』出版

平成元年(1989)コロンビアピクチャーズ買収 

 

これらが実現された期間に、盛田さんがここに並ぶ本を読まれていたと思うと、感慨深いものがあります。

 

興味がある本、調べておきたい本、どなたかと会う前に読んでおいた本、などなどをご自分で選んで、手元に置いて、会長室で、また出張のカバンに入れて、読まれていたものであると想像しています。


この蔵書は、盛田昭夫さんの思いが詰まったものなのですね。

会長室ライブラリー

ライブラリー全509冊はどんな本?

では、どのような本が会長室に並んでいたのでしょうか?

 

富山市立図書館の盛田ライブラリーは、開架で公開されているので、富山にいらっしゃる機会があれば、ぜひ間近で、手に取ってご覧いただきたいと思いますが、ここでは2つの方法でご紹介したいと思います。

 

一つ目は、下の書架の写真を拡大して、よーく見てください。背表紙の題名が見えると思います。
(今回の写真は、富山市立図書館から撮影と公開の許可をいただきました。ありがとうございます)


書架では、図書館の分類順に、左上から右下へ並んでいますので、どのような分野の本が、どのくらいあるかも、わかると思います。

 

二つ目の方法は、富山市立図書館の蔵書検索の「詳細検索」で、「請求番号」の欄に「盛田」と入力して、検索してみてください。
そうすると、修繕中などで非公開のものを除いた、約500冊がリストアップされます。

1ページに10冊が表示されるので、全部で約50ページほどになります。私はこれを「エクセルのファイル」に書き出して、時折、眺めては、当時の盛田さんの興味に思いを巡らせています。

 

では、この蔵書全体の様子をかいつまんで、みなさんにお知らせしたいと思います。

会長室にはどんな本が並んでいたのか?

さまざまな分野の本

それでは蔵書約500冊のリストを図書館の分類の順に見ていきましょう。

 

まずは「心理学、人生訓、宗教」関連の本が約20冊です。宗教は仏教が3冊です。

「日本史」の関連が12冊。自国の歴史をよく知るということは大切ですね。

ベトナム戦争など、アジアの歴史に関係する本が2冊。

そして、「伝記」の関連が17冊。

「地理. 地誌. 紀行」に関するものが3冊。

次からがいよいよ盛田さんの本領に入ってきました。「社会科学」関連が36冊。「これでも日本はNo.1か?」という本があるのも興味深いです。


次は2番目に冊数の多い「政治」関係。これが63冊。日米関係の本も多いです。


「法律」関係が1冊、「憲法の全て」。

最も冊数が多いのは「経済」と「財政/租税」関係で、107冊。経団連の副会長を務めておられました。


「社会」関係の18冊。「誤解と理解―日本人とアメリカ人」など、なるほどと思う本がありました。

「教育」関係の12冊。やはり、「人と教育」に関することは、経営者として大いに関心があったと推察します。

「風俗・民俗学」が2冊。
「国防・軍事」関係が12冊。世界の情勢には、いつも注意を払っていたと推察します。


「自然科学」関係の20冊。「ホーキング、宇宙を語る」や、医療関係も蔵書されています。科学者としての盛田さんの関心が伺えます。

「技術・工学」関係の18冊。「西沢潤一の独創開発論」もあります。

「土木・建築」関係の本は9冊。ソニービルなどの会社の建物に関連して、盛田さんは建築に関して、知見とお考えを持っていらっしゃったと推察します。


「機械工学・電気工学」関係が23冊。これは会社の専門分野なので、当然ですね。

 

まだまだ続きます。
「金属・鉱山(石油)」関連が3冊。各種金属や石油の安定的な取得は、現在でも大きな課題です。

「産業、商業」に関するもの23冊。様々なカテゴリーの商品とビジネスに目を配っていたと推察します。

「運輸・通信」に関するもの9冊。運輸と通信関連は、大事な分野です。


次からは、いよいよ、盛田さん個人のお人柄と興味関心が想像される分野です。
「芸術・美術・音楽・工芸・演劇」分野、これが21冊。特に絵画・版画関係が13冊と多いです。

「スポーツ」が1冊、
「言語・英語」が4冊。盛田さんは、海外で、ユーモアを交えながら、自信をもって、発言されていました。

「日本文学」関係の21冊。さまざまな本、話題の本、田中康夫さんの本、小松左京さんのSF「さよならジュピター」もあります。

そして最後が「世界の文学」関係で4冊、となっています。

考えながら読む

この開架で保管されている本には、なんと、「盛田さんが読まれた時の書き込み」やページに貼り付けてある「付箋」がそのままの状態で保管してあるのです。


各書籍の裏表紙には、図書館の係の方が調べた内容「付箋の貼ってあるページ番号」と「書き込みのあるページ番号」が記載してあります。

それを頼りに、書き込みのあるページをいくつか読んでみました。するとある本の余白には、こんな具合に、鉛筆の手書きで書かれていました。


「以下、技術革新と歴史について述べているが、論旨がやや混乱している.これは著者の独想ではなく、ライアン・ホワイトと云う他人の論説の孫引きのためと思われます」

 

この書き込みから、ロジックに注意しながら読んでいたこと、それと、なぜそのよう書いているのかを考えながら読んでいたことがわかります。


大学時代に物理学を専攻していた盛田さんは、特に「ロジック」を大事にしていたと思います。また、自分のためのメモなのに、「思われます」と書いているのは、真摯で謙虚な方だと感じました。

付箋がたくさん挟まれている本

読書の楽しみ

以上、いかがだったでしょうか。私は次のように感じました。

 

広い分野、多岐にわたることがらに関心を寄せ、その時々に必要な情報を取得して、いろいろと考えておられた。
また、わからない未来を切り開くために、世界のさまざまな人の知見や意見を参考にしていた。
各国のさまざまな人と会って話をするために、前もって、いろいろと勉強をされて、自分の考えをまとめておられた。

 

「本を読みすぎると、自分の意見を持てなくなる」というとらえ方もあるかと思いますが、盛田さんのように「本をたくさん読んだ上で、自分の意見を持つ」というのが、最も良いように思います。

そのためには、なかなか難しいことではありますが、盛田さんのように、“考えながら読む”ことが必要かと思います。

 

現代はネット上には、情報があふれていますが、何がどうなっているのかを自分で判断して考えるためには、その分野の第一人者が書いた本を選んで読んで、自分の地固めをするということが大切のように思います。


これからも、折を見て図書館に足を運んで、いろいろな本に出会って、世界を広げたいと思いました。

 

せっかくの機会なので、盛田さんの「MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略」を改めて読み直してみました。

この本は、盛田さんが、生い立ちから、会社の設立、アメリカへの進出への挑戦や、日本企業が生き抜くための戦略などを語ったもの。
先行きの見えない今だからこそ、見えない未来に向けて果敢に挑戦した盛田さんが書いたものには参考にしたいことがたくさんあると思いました。

皆様にも一読をおすすめしたいと思います。

 

今日のお話は以上になります。

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